福岡県出身の有名人

今田 美桜

●本名:<非公開>
●生年月日:1997年3月5日
●出身地:福岡市
●血液型:A型
●職業:女優、タレント

福岡講倫館高校2年の時に、天神でスカウトされ福岡のモデルとして活動を開始する。地元のローカル番組のレギュラーなどで活躍し、短編映画『カランコエの花』にて全国区での活動に幅を広げた。

その後、人気ドラマ『花のち晴れ~花男 Next Season~』で、想像を超える原作に近い役を演じ一躍有名に。
自身のインスタグラム登録者数も100万人を超えている。数多くのCMも出演している。

蒼井 優

●本名:<非公開>
●生年月日:1985年8月17日
●出身地:春日市
●血液型:A型
●職業:女優、モデル

福岡市立東箱崎小学校、筑紫女学園中学校、堀越高等学校経て、日本大学芸術学部演劇学科中退。

小学生の頃から地元のモデル事務所に所属してCMや広告(小学生時代に少女雑誌の記事で栗山千明と共演したことがある)に出演しており、1999年に約1万人の中からミュージカル『アニー』のポリー役に選ばれデビューした。1999年夏に、オーディション情報誌『月刊デ・ビュー』(オリコン・エンタテインメント刊)の「夏の特別オーディション」企画に掲載されていたタレント募集の中から現事務所に応募し、以来所属している。

黒木瞳

●本名:伊知地 昭子(いちじしょうこ)
●生年月日:1960年10月5日
●出身地:八女市
●血液型:A型
●職業:女優、歌手

剣道7段の腕前を持つ父親の影響もあり、小学4年生(黒木小学校)から中学2年生まで剣道を習っていた。福岡県立八女高等学校在学時には演劇部に所属、部長として九州大会に進出。

高校卒業後、熊本県の音楽大学への進学が決まっていた。しかし記念受験として宝塚音楽学校を両親に内緒で受験しようとし、バレエに一週間通う。受験費用を捻出できず、当時交際していた男性から1万円を借りて受験した。また、受験日を1日前に間違えて行ってしまうというハプニングもあった。面接では筑後弁訛り一辺倒になった挙句、受験理由を尋ねられた際には「SKD(宝塚歌劇団とはライバル関係にあった松竹歌劇団の略称。実際には間違ってSDKと発言)でもよかったんですけどね」と爆弾発言をしたにもかかわらず、倍率22.4倍の難関をくぐり合格、1979年4月に宝塚音楽学校に入学。

1981年、同校を同期39人中3番の成績で卒業し、宝塚歌劇団に入団。『宝塚春の踊り』で初舞台を踏んだ。同期にはOGに女優の北原遥子(元雪組娘役スター、日本航空123便墜落事故で死亡)、涼風真世(1991年 - 1993年まで月組トップスター)、真矢みき(1995年 - 1998年まで花組トップスター)、毬藻えり(1989年 - 1992年まで星組トップ娘役)、演劇プロデューサー、活弁士、日本舞踊講師の幸風イレネ(現在のイレネ飯田)がいる。現役では専科の梨花ますみがいる。

妻夫木聡

●本名:妻夫木聡
●生年月日:1980年12月13日
●出身地:山門郡三橋町(現・柳川市)
●血液型:O型
●職業:俳優

日本だけでなく、香港、韓国、台湾などアジアでも人気が高い。映画『どろろ DORORO』の試写会前に香港のワールドトレードセンターで行われたキックオフイベントに約1000人のファンが詰めかけたことがあった。また、「香港経済日報」の副刊では1面トップで映画『どろろ』の解説をするなど地元主要各紙が破格の扱いで報じた。

高校生の時に雑誌「東京ストリートニュース」で「VIP高校生」と呼ばれるカリスマ読者モデルとして人気を博し、表紙モデルを何度も務めた。1990年代後半に流行したスーパー高校生と呼ばれていた一人である。映画『ジョゼと虎と魚たち』では高校生の妻夫木を掲載している同誌が小道具として使われている。

ミュージシャンではくるりのファンであることを公言しており、「ばらの花」や「ハイウェイ」を好んで聴いている。実兄でミュージシャンの妻夫木晋也(つまぶき しんや)は、かつてRubiiというバンドに所属していた(後に解散)。また、はなわのバックバンドとして活動していることをお笑いタレントのはなわが自らテレビ番組にゲスト出演の際に語った。

TBSアナウンサーの安住紳一郎、嵐の櫻井翔、キングコングの西野亮廣などと親交があり、親しく接している。因みに初めて買ったCDは織田哲郎の「君の瞳にRainbow」である。

タモリ

●本名:森田一義(もりたかずよし)
●生年月日:1945年8月22日
●出身地:福岡市
●血液型:O型
●職業:タレント

地元の福岡県で保険外交員、喫茶店従業員、ボウリング場支配人など様々な職業を経て、ジャズピアニストの山下洋輔(先見人)や赤塚不二夫らと出会ったことなどをきっかけに上京、30歳で芸能界入りを果たした。

1980年代後半以降、ビートたけし、明石家さんまと共に、日本のお笑い芸人「ビッグ3」の一人として認められている。 所ジョージやとんねるず(石橋貴明・木梨憲武)などを見出した一人でもある。

現在では司会業が中心で、中には『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ系列)、『タモリ倶楽部』『ミュージックステーション』(テレビ朝日系列)といった20年以上続くレギュラー番組が複数ある。

松田聖子

●本名:蒲池法子(かまちのりこ)
●生年月日:1962年3月10日
●出身地:久留米市
●血液型:A型
●職業:シンガーソングライター、女優

松田聖子は1980年代を代表するアイドル歌手である。1980年に、「裸足の季節」でレコードデビュー(同時期「サンデーズ」としても活躍)。

デビュー曲はCMタイアップで火が付き、すぐに続けざまにヒット曲を連発。トレードマークであったヘアスタイルの「聖子ちゃんカット」や、新しいアイドルとしての生き方に関しても多くの話題を集めた。

大宅壮一文庫創設以来の人名索引総合ランキングでは「松田聖子」が1位(2011年3月)となっており、「日本の雑誌にもっとも頻繁に登場した著名人」とされている。

高倉健

●本名:小田剛一(おだごういち)
●生年月日:1931年2月16日
●出身地:中間市
●血液型:B型
●職業:俳優、歌手

1931年に福岡県中間市の裕福な一家に生まれる。父は旧海軍の軍人で、炭鉱夫の取りまとめ役などをしていた。 幼少期の高倉は、肺を病み、虚弱だった。終戦を迎えた中学生の時、アメリカ文化に触れ、中でもボクシングと英語に興味を持った。 学校に掛け合ってボクシング部を作り、夢中になって打ち込み、戦績は6勝1敗だった。

英語は小倉の米軍司令官の息子と友達になり、週末に遊びに行くなかで覚え、高校時代にはESS部を創設して英語力に磨きをかけた。 福岡県立東筑高等学校全日制課程商業科を経て、貿易商を目指して明治大学商学部商学科の夜学へ進学。在学中は相撲部のマネージャーを1年間務めていた。卒業後、思ったような就職先がなく一旦帰郷した。

1955年に大学時代の知人のつてで、美空ひばりらが所属する新芸プロのマネージャーになるため、喫茶店で面接テストを受けた。その際、偶然その場にいた東映東京撮影所長で、プロデューサーのマキノ光雄にスカウトされ、東映の第2期ニューフェイスとして入社。同期に今井健二・丘さとみ・岡田敏子・五味龍太郎らがいる。当時、ニューフェイスは映画デビューまでに俳優座演技研究所で6か月、さらに東映の撮影所で6か月の修行期間(エキストラ出演など)を経ることが決められていた。